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石狩川治水史(4-1)

石狩川治水史(4-1)

  • 第2回石狩川治水史 後編
  • 石狩川の水をいかに産業と生活に役立てるか
  • 泥炭地開発の巨大プロジェクトが動き出した
  • 川とその流域を一つの生きた環境としてとらえる
川と人との物語
北海道の川づくりの歴史は、戦後、石狩川の治水の歩みとともに、 大きく変化し、進んできました。
「川と人との物語」第2回目はその後編です。
  • 工事中の大夕張ダム(昭和30年頃)の写真

石狩川の水をいかに産業と生活に役立てるか -戦後の河川総合開発事業-

北海道の大地が脚光を浴びる
  太平洋戦争が終わって、人びとの前には荒廃した大地が広がっていた。15年にわたった戦争の間に、日本国内の産業はすっかり疲弊し、田畑も荒れ果ててしまった。慢性的な資源不足により、工場は満足に稼働せず、さらに空爆によって破壊された。労働の主力である成人男性を軍隊に徴発された農業は、しだいに生産力を失い、さらに冷害が追い打ちをかけた。
 この破局的な経済状況のなかで、海外からの復員、引揚者がどっと押し寄せてきた。その数は600万人にも達する。人は増えるのに、食糧をはじめとする物資は足りない。貿易も途絶えた。インフレは加速度的に進行する。そのため、人びとの生活はしだいに追いつめられていった。
「北海道総合開発第1次5カ年計画」のポスター
 そんな状況のなかで、大きく脚光を浴びたのが、北海道の大地である。
 なにしろ、北海道はわが国の未墾地のほぼ半分を有し、また、石炭、水力などの国内資源の多くを有していた。ここに多くの人を投入して開発し、食糧増産を進めれば、余剰労働力を吸収できるとともに、食糧不足を一気に解決できる。こうして、政府は、戦後の経済復興の要として、北海道開発に本腰を入れることになった。1950年5月に「北海道開発法」を制定。6月に北海道開発庁が発足し、翌年「北海道総合開発第1次5カ年計画」がスタートした。
 この計画は、電源開発、道路・港湾・河川などの整備、食糧の増産を主な目的としているが、なかでも石狩川水系総合開発事業がその大きな柱となっている。


お問合せ先

建設部 河川計画課 企画係

  • 電話番号:011-709-2311(内線5327)
  • ファクシミリ: 011-709-2144

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