けんせつの現場から(建設産業に携わる方々の活躍 海馬澤さん)
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海馬澤さん(平成27年9月4日掲載)
・氏名 :海馬澤 洋文(幌村建設株式会社[新ひだか町])
・主な担当業務 :農業土木工事の現場代理人(1級土木施工管理技士)
・年齢 :32才
・業界歴 :約15年
・紹介コメント :経験年数を踏まえると、「若者」ではなく「若者の兄貴分」という肩書きが適切なのだろうと思います。
昨年、1級土木施工管理技士の資格を取得して、現在は主に農業農村整備事業の用水路に係る工事の現場代理人を担当している幌村建設株式会社の海馬澤さんに「中堅どころ」としてのお話を伺ってきました。
・主な担当業務 :農業土木工事の現場代理人(1級土木施工管理技士)
・年齢 :32才
・業界歴 :約15年
・紹介コメント :経験年数を踏まえると、「若者」ではなく「若者の兄貴分」という肩書きが適切なのだろうと思います。
昨年、1級土木施工管理技士の資格を取得して、現在は主に農業農村整備事業の用水路に係る工事の現場代理人を担当している幌村建設株式会社の海馬澤さんに「中堅どころ」としてのお話を伺ってきました。
1 この業界に入った(目指した)きっかけは何ですか。
父が工事用ダンプの運転手をしていたので、小さな頃から建設機械等に慣れ親しんでいた(父の運転するダンプに乗せてもらったことがある。)こともあり、自然体で建設業界に興味を持つようになり、高校卒業とともにこの業界に入ることを決意しました。
2 普段の仕事で、苦労している(した)点はありますか。
同種の工事であっても、同じ工法であっても、地域の状況や自然環境で現場状況は区々です。また、気象条件等で現場は日々刻々と変わります。毎日、現場を確認し、その日の状況に応じた作業指示を出したり、臨機応変に対応しなければならないことに気を使います。
過去に国道の道路維持を担当したことがありますが、災害、落石、土砂崩れなどが発生した場合は、昼夜を問わず、時間を問わず対応しなければならなく、精神的にも肉体的にも辛かったことを覚えています。
過去に国道の道路維持を担当したことがありますが、災害、落石、土砂崩れなどが発生した場合は、昼夜を問わず、時間を問わず対応しなければならなく、精神的にも肉体的にも辛かったことを覚えています。
3 仕事に「やりがい」を感じるのはどんな時ですか。
これまで河川改修、道路維持、農業土木などの工事に携わってきました。工事ごとに感じること、思うことは区々ですが、自分は物づくりが好きなこともあり、何もない所に構造物を作り上げることが土木工事の魅力であると思っています。実際、自分が携わった工事でできあがった構造物を目にしたときは、「やりがい」を感じます。
4 仕事をする上で、普段心がけていることはありますか。
仕事に誠実(社訓)、発注者に対するホウ・レン・ソウの徹底(信頼関係の構築)、地域住民とのコミュニケーション(地域の方々の理解なくして良い仕事はできません。)
5 この業界を目指している若者へのアドバイスがあれば、お願いします。
私は、高校で土木工事等に係る専門学科は学んでおらず、入社後にゼロからのスタートで、仕事をしながら知識経験を積んできました。覚えることは多くたいへんでしたが、自分が担当した工事で地域の皆さんのお役に立つようなものができたときはやりがいや達成感を感じます。また、努力や苦労が報われる仕事だと思っています。
6 最後に一言
これまで大過なくやってこれたのは、上司や同僚の支えがあってこそ、そして家族の応援があったからだと思っています。私を支えてくれたすべての人に感謝しています。
家族に誇れる仕事ができるよう、引き続き頑張っていきたいと考えています。
家族に誇れる仕事ができるよう、引き続き頑張っていきたいと考えています。
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海馬澤さんが担当した用水路工事
(安平川(二期)地区)
- 現場事務所の自席でパソコンに向かう海馬澤さん
【インタビューした感想】
プライベートでは三人のお子さんの優しいお父さん。工事期間中は、現場事務所の近くの町に単身赴任中、可愛い盛りのお子様達と会えるのは週末のみということなので、少しばかり寂しい毎日かもしれません。しかし、家族に誇れるような仕事がしたい、(ご自身がそうであったように)親父の背中を見て何かを感じてとってもらいたい(二番目のお子様は重機のオモチャが大好きだそうです。)という熱い語り口は、やはり若者の兄貴分でした。
プライベートでは三人のお子さんの優しいお父さん。工事期間中は、現場事務所の近くの町に単身赴任中、可愛い盛りのお子様達と会えるのは週末のみということなので、少しばかり寂しい毎日かもしれません。しかし、家族に誇れるような仕事がしたい、(ご自身がそうであったように)親父の背中を見て何かを感じてとってもらいたい(二番目のお子様は重機のオモチャが大好きだそうです。)という熱い語り口は、やはり若者の兄貴分でした。