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キッズページ 紋別港・網走港の歴史

紋別港・網走港の歴史

紋別港のうつりかわり

紋別港は、大正12年に修築工事がはじまりました。

昭和50年、重要港湾(じゅうようこうわん)に指定され、国内外の船が行き来するみなとになりました。
海外の船も多く出入りするようになり、2年後、植物防疫法(しょくぶつぼうえきほう)に基づく特定港の指定を受けました。
 
昭和62年、流氷観光のため流氷砕氷船(りゅうひょうさいひょうせん)「ガリンコ号」が就航(しゅうこう)しました。また、第3セクター(株)オホーツク流氷科学研究所が創立されました。

平成8年には親水防波堤(しんすいぼうはてい)「クリオネプロムナード」、氷海展望塔(ひょうかいてんぼうとう)が完成し、紋別港の新しいシンボルとなりました。
 
平成15年には、船の大型化に対応するために、第3ふ頭-12m岸壁が供用開始されています。
 
平成18年、第4防波堤が完成し、より港の機能向上が図られています。

平成26年、みなとオアシス「もんべつ」が登録され、みなとににぎわいを呼び込み、人々の交流・ふれあい拠点づくりを進めています。
  • 対象12年頃の修築平面図 対象12年頃の修築平面図
  • 昭和40年後半頃ケーソン製作の様子 昭和40年後半頃ケーソン製作の様子
  • ガリンコ号 平成8年完成のオホーツクタワーと昭和62年<br>就航の流氷観光砕氷船ガリンコ号

網走港のうつりかわり

明治21年、北海道庁雇技師(ほっかいどうちょうやといぎし)チャールズ・スコット・メークが網走港修築計画を考案しました。
大正5年に避難港(ひなんこう)として、大正8年に網走港修築工事着手開始されました。

戦後日本の高度経済成長により、港湾整備が急がれる中、昭和52年に、植物防疫法に基づく木材輸入特定港の指定されました。
さらに昭和53年に重要港湾に指定され、国内のみの船舶の流通から、海外の船も行き来する港となりました。
昭和55年、無線検疫港の指定、関税法に基づく開港の指定を受けました。

平成3年には紋別港に続き、流氷観光砕氷船「おーろら」が就航。
平成7年には南防波堤(親水防波堤「ぽぽ260」)が完成し利用されるなど、人々が訪れる港の整備が進みました。
平成8年には第5ふ頭岸壁(-7.5m)完成。港湾機能がますます充実しました。

平成18年、網走港帽子岩ケーソンドックが土木学会選奨土木遺産に認定されました。
平成21年、新港地区小型船だまりと川筋地区みなと観光交流センターが完成し、利用されるようになりました。
平成22年には「みなとオアシス網走」登録され、川筋地区を中心とした観光を含めさらなる地域の発展に貢献(こうけん)しています。
  • チャールズ・スコット・メークの網走築港計画図 チャールズ・スコット・メークの網走築港計画図
  • 大正8年 修築工事着工時の様子 大正8年 修築工事着工時の様子
  • 昭和41年網走港全景 昭和41年網走港全景
  • 昭和63年-10m岸壁竣功工式 昭和63年-10m岸壁竣功工式

お問合せ先

築港課

  • 住所:北海道網走市新町2丁目6番1号
  • 電話番号:0152-44-6596(港湾整備事業(網走港・紋別港)の実施などに関すること) 0152-44-6612(漁港漁場整備事業(ウトロ地区・能取地区・サロマ湖地区・元稲府地区)の実施などに関すること)

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