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79 和捷水路【札幌開発建設部】治水100年

石狩川治水に係わる主な事業

79 和捷水路

恵岱別川合流点上流の切り替え

雨竜川の捷水路事業は、第2期拓殖計画期間中の昭和15・16年頃に計画され、その計画にもとづいて、昭和19年5月に沼田町の達布捷水路に着手したが、その後は遅々として進まないまま戦争で中断された。
しかし昭和30年7月から8月にかけて3回の大洪水が発生し、雨竜川流域は大きな被害を受けたことから、昭和33年に石狩川改修全体計画の雨竜川分が改訂され、10箇所の捷水路計画が盛り込まれた。この計画にもとづいて、下流から上流にむかって捷水路工事が進められた。雨竜川捷水路事業のなかで、ちょうど真ん中あたりの、恵岱別川が合流する地点上流に位置する和捷水路は、昭和35年に工事が着工され、39年に通水した。
捷水路自体の長さは500mだが、旧河道は1,850mと切り離された旧川は雨竜川の旧河道のなかでは最も長い。さてこの「和」という名称は、北竜にある地名だ。「やわら」と読み、役場のある市街地を差すという。
保育園や郵便局の名称に使われているほか、札沼線の和駅もあった。捷水路名は地名が多く、その地の歴史を伝えるとともに語呂のひびきも良い。
  • 北空知の穀倉地帯を流れる 北空知の穀倉地帯を流れる

    (石狩川開発建設部蔵)

昭和35年頃
  • 工事風景。雨竜川のかつての流れ 工事風景。雨竜川のかつての流れ

    (石狩川治水史より)

所在地
  • 妹背牛町チクシベツ 妹背牛町チクシベツ

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