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39 夕張川新水路【札幌開発建設部】治水100年

石狩川治水に係わる主な事業

39 夕張川新水路

女の川と男の川と 悲願の新水路

夕張川は、かつて夕張太で千歳川に合流し、合流後の下流は江別川と呼ばれ石狩川に注いだ。夕張川は栗山付近から急流になり、洪水時の水位は6mにもおよんで、堤防さえ破るため「男の川」と称された。一方千歳川は、合流後の川幅は約60mと狭いうえに水面の勾配はゆるやか。洪水時は、石狩川や夕張川が増水するとたちまち押し込められて後戻りすることから、「女の川」と称され、流域住民は洪水との闘いにこんぱいしていた。
明治43年に第1期拓殖計画が策定され、石狩川治水事業のなかで、夕張川を直接石狩川に流す新水路を掘削して千歳川から切り離す、夕張川の抜本的な治水計画が決まった。しかし、財政難で工事着手は大正11年まで延ばされ、その間、住民は自費で堤防を築き、工事の促進運動をつづけた。ようやくはじまった工事は、泥炭湿地な軟弱地盤のため、人力掘削と馬による運搬に頼る難工事だったが、昭和3年に南幌と江別の渋川間の連絡水路が完成、9年からは豊平川から浚渫船・昭和号が転用されて工事も一層進み、昭和12年、関係者の歓呼するなかで夕張川新水路の通水が行われた。
  • 待望の夕張川の通水 待望の夕張川の通水

    (南幌町史より)

明治43年頃
  • 夕張川新水路・旧夕張川・江別川(千歳川) 夕張川新水路・旧夕張川・江別川(千歳川)
所在地
  • 岩見沢市栗沢付近から石狩川 岩見沢市栗沢付近から石狩川

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