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水田開発の歩み2

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水田開発の歩み

石狩川水域開発計画

昭和24年10月、北海道総合開発審議会は、食糧増産をめざす農業開発を主体に、多目的ダムの建設など各種事業を総合的に行うという石狩川流域の総合開発構想を盛り込んだ答申を行いました。
  25年には国民経済の復興と人口問題の解決のための資源の総合的な開発を目的とした「北海道開発法」が公布され、6月には北海道開発庁が設置され、開発庁はこの構想をとりあげ、26年9月には泥炭地開発を対象とする「石狩川水域開発計画概要書」を策定しました。
 27年度から「北海道総合開発第1次5ヶ年計画」がスタートし、農業開発の一つとして、石狩川水域の広大な泥炭地開発を強力に推進することになりました。
 その添付図面が「石狩川水域開発計画概要図」ですが、そこでの補水区域とはダムと頭首工を建設して水稲栽培に必要な用水を安定的に確保しようというものですから、おおよそこの計画時点における水田の分布と考えて差し支えありません。(昭和28年頃の水田区域)そうしてみると、奈井江以南の石狩川沿いの泥炭低湿地はほとんど未利用のままであったことがわかります。また、開田区域とは文字通り用水路・排水路を整備するとともに開墾して水田にしようというものであり、開畑区域は、米増産という当時の国家的要請を考慮すれば、水田にはしたいが技術的な問題から当面は畑地利用としたものと考えられます。なお、この時期、28年の石狩・空知管内の水田面積は66千haとなっています。
  • 画像 石狩川水域開発計画概要図

    昭和28年8月北海道開発庁

  • 画像 昭和28年頃の水田区域

【参考文献】

  • 北海道総合開発第1次5ヶ年実施計画第1編及び同附表(北海道開発庁、昭和26年10月)
  • 北海道開発局15年小史(北海道開発局、昭和41年7月)
  • 北海道開発庁30年史(北海道開発庁、昭和56年3月)
  • 篠津地域泥炭地開発事業史(北海道開発局札幌開発建設部、昭和46年4月) 
  • 第4回石狩川サミット記念・石狩川流域100年の歩み(浅田英祺・北倉公彦、平成9年11月)

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