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昭和35年頃-歴史のひとこま2【札幌開発建設部】治水100年

石狩川流域誌

昭和35年頃(昭和35年~昭和54年頃) 歴史のひとこま

  • タイトル

雪を制するものが冬を制す

オリンピック期間中は、熱戦さながら、
さまざまな機関が万全の体制で臨んだ。
そのひとつが除雪だ。
北海道の除雪は、長い歩みのなかで
進化していった—
ロータリー除雪車。昭和35年(札幌市写真ライブラリー蔵)
ロータリー除雪車。昭和35年(札幌市写真ライブラリー蔵)
進駐軍のための除雪から
一年の半分近くを覆う雪は、経済活動をも停滞させるやっかいものだ。むかしは、馬ソリで道路に積もった雪を圧雪して道をつけ、人々もカンジキで踏み固めたり、スキーで通学した。昭和に入るとトラクターが使われた。そんな状況を一変させたのは終戦直後だ。
札幌市は昭和20年の冬から、アメリカ進駐軍施設周辺の除雪の指令を受けた。しかし、除雪専用車があるわけもなく、結局、進駐軍から機械を借りて作業したことが、機械除雪のはじまりに。すると、市民の冬の交通に対する認識が変わっていった。札幌市は要望が高まったことから、除雪に予算をつけた。一部官庁や市町村、輸送業者や工場経営者なども自力で除雪に取り組むようになり、冬の自動車通行可能路線が飛躍的に延びた。
わが国の除雪先進地へ
市電の軌道を除雪するササラ電車。昭和38年
市電の軌道を除雪するササラ電車。昭和38年

(札幌市写真ライブラリー蔵)

札幌ではオリンピックの開催も決まり、除雪も近代化される。『除雪五ヶ年計画』が策定され、拡幅除雪・運搬排雪・除雪ステーション・交差点のロードヒーティング・歩道除雪・通学路の除雪・市民助成制度などが進められた。昭和 43年からは、都心部を中心にロードヒーティングの整備が本格的に進み、快適になった。また除雪パトロール車に無線が装備され、速やかに出動できるなど、一体的な除雪体制が可能になった。今は川を活かした融雪溝・流雪溝など、川が快適な冬の暮らしにひと役買っている。
それでも一夜にして豪雪が降り、交通網がマヒして自衛隊が派遣されることもあるのだ(昭和52年)。除雪もまた、自然と人との共生の歴史を物語る。
*参考資料/新北海道史第六巻通説五、札幌市「除雪のあゆみ」より

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