時代を超えて息づく土木工学への熱意-廣井勇と岡崎文吉

廣井勇と岡崎文吉のイラスト
近代土木の先駆者 廣井勇 (右) と岡崎文吉 (左)

開拓期の北海道に不可欠なエンジニア

北海道の開拓が始まったばかりの明治時代、開拓民は度重なる洪水に悩まされ、近代化に不可欠な橋や港も未整備でした。これらの課題を解決するためには、土木工学の確立が必要不可欠でした。

北海道にとって暁光だったのは、この時期、傑出した土木エンジニアが何人も活躍したことです。彼らは技術と熱意で、北海道の近代化を支えました。その代表的な存在が廣井勇と岡崎文吉です。

技術と人材育成の先駆者・廣井勇

今、道内の土木技術者に「北海道の歴史上、最も印象に残るエンジニアは」と聞くと、ほとんどの方がまず廣井勇 (イラスト右) の名をあげるでしょう。

札幌農学校の2期生として社会に出た彼は、私費でアメリカやドイツに留学。ミシシッピー川の治水事業や橋梁技術などを学びます。その経験を基にして英文でまとめた橋梁専門書「プレート・ガーダー・コンストラクション」は、その後も長くアメリカの大学で教科書として使用されました。

明治22年 (1889年) に帰国し、札幌農学校工学部教授に28歳の若さで就任します。北海道庁技師も兼務し、教師と行政者として、北海道の社会基盤整備に大きな功績を残します。

1世紀を超えて残る小樽港北防波堤

その中でも有名なのは小樽港の北防波堤建設です。小樽港湾事務所長として手がけ明治41年に完成した1,289メートルの日本初のコンクリート製防波堤は、スローピング・ブロック・システム工法を取り入れるなど、独創的なアイデアが盛り込まれています。また、コンクリートの経年変化を確認するため、事務所に供試体を保存し、耐久性試験は今も続いています。100年以上の歳月を経ても、廣井勇の技術への熱意は脈を打ち、訪れた人を魅了します。

港湾工学と並ぶ彼の大きな功績は「人材育成」です。留学時代に培った「現場主義」の重要性を生徒に熱く伝えます。学生の卒業研究で道庁の土木事業の設計をさせ、現場で学ぶことを貫きました。そんな彼の志に惹かれ、きら星のような技術者たちが育ちます。その中で一番の弟子、と言われるのが岡崎文吉 (イラスト左) です。

石狩川治水の祖・岡崎文吉

大雨のたびに洪水を繰り返す石狩川の治水は、北海道開拓の最大の課題でした。岡崎文吉は明治24年に札幌農学校工学科を卒業し、29年には道庁技師に就任します。2年後の31年、石狩川流域を未曾有の水害が襲います。道庁は「北海道治水調査会」を立ち上げ治水事業に本腰を入れます。委員には廣井勇らそうそうたるエンジニアが名を連ねる中、27歳の岡崎文吉を中心に事業が進められました。

彼が最も重視したのはデータです。不正確なデータでは計画そのものが意味をなしません。「一刻も早く工事を」という住民の反対を受けながらも、石狩川全域の水位調査に取り組みます。明治37年の大洪水の際に調査した最大洪水流量は、国内初の洪水時の正確な流量として、昭和40年に改訂されるまで石狩川治水事業の指標となり、洪水防止に大きな効果をあげました。

岡崎文吉は、自らの治水に対する思想を「自然主義」と称しました。アメリカやドイツの治水事業を見聞し、自然に出来上がった河川の流れには手を加えず、洪水には放水路で対応する、という調査結果をまとめます。蛇行した川によって削られる河岸には、鉄線でつなげた連結ブロックを考案。「岡崎式単床ブロック」と呼ばれるこのブロックは、マットのように敷くことで、河床の変化にも柔軟に対応できるというものです。今も使われている連節ブロックもこの構造が活かされています。

しかし、彼の「自然主義」に基づく計画は、蛇行した川の管理の難しさや、広大な泥炭地や湿地を農耕地や居住地にする必要性などから変更となり、大正時代に入って本格化した対雁-生振間の工事ではショートカット (捷水路) が採用されます。その後も石狩川全域では捷水路工事が半世紀にわたって進められます。治水事業は洪水の防止と川の水位低下による泥炭地の排水を促し、石狩・空知地方一帯は一大農地へと変貌しました。

今につながる「自然主義」

岡崎文吉の「自然主義」は理想に過ぎなかったのでしょうか。いえ違います。自然の生態系や森林の保水力も考えた治水の在り方は、環境保全の面から今も通じる思想です。そして、彼の思想は、釧路川を自然の状態に戻す「釧路湿原再生事業」でよみがえります。令和2年度から本格化した「流域治水プロジェクト」でも、川を押さえ込むのではなく、流域一帯で治水を考えようという取組は、彼の思想に通じるところがあります。

廣井勇と岡崎文吉という偉大なエンジニアが今の流域治水プロジェクトを見てどう思うか。機会があれば聞いてみたいですね。

北防波堤の写真
日本海の荒波から港を守る北防波堤
(小樽港湾事務所蔵)
ブロックの写真
岡崎式単床ブロック
(大正14年頃、札幌河川事務所蔵)

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