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開拓初期-産業3【札幌開発建設部】治水100年

石狩川流域誌

開拓初期(明治初期~明治42年頃) 5産業

  • タイトル

工場は河畔に建ち並んだ

工業の重工業化
日露戦争の結果、軍事的な利用を含め内陸交通を統一する必要があり、鉄道の国有化が進められた。北海道では、明治40年頃、「北海道炭礦鉄道会社(通称・北炭)」と「北海道官設鉄道」の一部路線が国有化された。
運輸部門を失った北炭は、『北海道炭礦汽船』に改称し、鉄道補償金で室蘭に海軍用兵器を製造する「日本製鋼所」を建設した。
一方、明治36年には、船の製造や修理などを行う施設「函館ドック」が建設され、北海道も重工業化が進んだ。江別市には富士製紙(後に王子製紙と合併)の工場が、苫小牧市には王子製紙の工場が設立され、今まで輸入にたよっていたわが国の新聞紙が、自給できるようになった。
* 参考資料/新北海道史第一巻概説より
工場は川の近くに建てられた
売り物になる農作物が生産されるようになると、開拓使は加工する工場を、明治8年からつぎつぎに建設した。麦はビールの醸造、ブドウはブドウ酒、菜種(ナタネ)は製油に、そして大豆は味噌やしょう油にした。また、札幌建設に必要な資材をつくる鉄工場や木工場、水車工場に鋳物(いもの)工場なども建設された。
これらの工場は、水量が豊富で物資輸送にも便利な、豊平川と創成川の間の区域に設けられた。むかしから川は、暮らしと産業のために活かされたのだ。工場はその後、民間に払い下げられ、鋳物・鉄工・製材・木工と、ブドウ酒・ビールの醸造・製粉などは、北海道工業の主体になった。また、食品工業は農畜水産物の生産増大にともなって、カニやアスパラガスの缶詰、バターやチーズなど多岐にわたっていく。
日本初の缶詰工場は、明治10年、石狩川河口の石狩市につくられた。石狩川産のサケを原料にした缶詰は、海外にも輸出された。
*参考資料/新北海道史第一巻概説、日本缶詰協会「缶詰のあゆみ」より
  • 石狩鮭罐詰所の内部 石狩鮭罐詰所の内部

    (北海道大学附属図書館蔵)

  • 大正7年頃の帝国製麻株式会社札幌支店と創成川 大正7年頃の帝国製麻株式会社札幌支店と創成川

    (北海道大学附属図書館蔵)

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