昭和35年頃-治水事業3【札幌開発建設部】治水100年
石狩川流域誌
昭和35年頃(昭和35年~昭和54年頃) 2治水事業
砂防事業のはじまり
治水は河川改修とともに、上流に土砂崩れや土石流に対する対策「砂防事業(土砂の処理)」を行うことで、効果は相乗的に高まる。しかし北海道で砂防事業が進められたのは、昭和27年の『第一期総合開発計画』からだった。
まず砂防の調査と、土砂災害が著しい忠別川に砂防ダム(スリットダム)などを設置し、昭和29年の『洞爺丸台風(台風15号)』で荒廃した層雲峡の石狩川水系にも、砂防ダムや流路工などが整備された。
昭和50年8月洪水を受けて、「忠別川直轄砂防事業」が着手された。
まず砂防の調査と、土砂災害が著しい忠別川に砂防ダム(スリットダム)などを設置し、昭和29年の『洞爺丸台風(台風15号)』で荒廃した層雲峡の石狩川水系にも、砂防ダムや流路工などが整備された。
昭和50年8月洪水を受けて、「忠別川直轄砂防事業」が着手された。

豊平川の環境整備事業
札幌市は、市内を縦断する豊平川の河川敷を公園に活用しようと、昭和42年から「雁来橋~藻岩橋間」に、野球場や自由広場の造成をはじめた(豊平川緑地事業)。昭和46年からは、豊平川を管理する国が、安全かつ広く活用できるよう、護岸や高水敷などを整備し(豊平川環境整備事業)、全国でもめずらしいマラソン専用コースなど、多彩な施設がつくられていった。
河川空間の利用は、全道に広がった。
河川空間の利用は、全道に広がった。
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昭和47年頃の豊平川とサイクリングロード(札幌市写真ライブラリー蔵)