昭和35年頃:雨竜川流域-概要【札幌開発建設部】治水100年
石狩川流域誌 支川編
昭和35年頃(昭和35年~昭和54年頃) 雨竜川流域 概要
雨竜川流域の開発 「全国からの視線を集めて」

(幌加内町蔵)
そして昭和53年、雨竜川流域に全国からの視線が集まることになる。まず妹背牛商業高校女子バレーボール部が全国制覇を成し遂げ、道民に夢と感動を与えた(平成21年に廃校)。
幌加内の母子里地区では、旭川を抜いて、日本最寒となる-41.2度を記録し、全国から驚きの声が上がった。また沼田では、開祖のふるさとから「夜高行燈」が伝承され、勇壮な夏のお祭りがはじまった。炭鉱の閉山と、農業では米の減反政策が重くのしかかる苦しい時代がつづいたが、まちの個性が輝く出来事も多かった。
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昭和53年2月17日、幌加内の母子里地区で日本最寒の-41.2度を記録
(幌加内町蔵)