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昭和35年頃:夕張川流域-暮らし・社会【札幌開発建設部】治水100年

石狩川流域誌 支川編

昭和35年頃(昭和35年~昭和54年頃) 夕張川流域 暮らし・社会

  • タイトル

〈この時代のおもな出来事など〉

昭和43年から、旧防衛庁が地対空ミサイル「ナイキ—J(ナイキ・ハーキュリーズ)」部隊を長沼の馬追山に配備することを発表し、賛成派と反対派が激しく争った「長沼ナイキ事件」が起こった。
昭和46年には防衛施設が整備され、ミサイル部隊が長沼に駐留した(平成6年ナイキミサイルの運用を終了)。
また、以前から映画などのロケ地になっていた夕張が、「男はつらいよ」などで知られる山田洋次監督の「幸福の黄色いハンカチ」のロケ地に。数ある映画賞を総なめし、夕張の郷愁あふれる風景のなか、黄色いハンカチがはためくクライマックスシーンは大きな感動を呼んだ。以来、撮影地には全国から見学者が来るようになり、夕張と映画との大きな接点になった。
  • 幸福の黄色いハンカチ想い出広場 幸福の黄色いハンカチ想い出広場

    (空知総合振興局蔵・そらち道草写真館)

相撲王国・夕張

夕張は相撲王国でもある。1960年代は炭鉱ごとに相撲部があり、大相撲の地方巡業も毎年開かれていた。地元出身の関取が、同時に3人いたこともあるという。炭鉱の閉山で相撲部はつぎつぎになくなったが、元炭鉱員を指導者に昭和63年頃、「夕張相撲スポーツ少年団」が結成された。若貴ブームの頃は団員が20人もいて、力士も2人輩出するほどだった。平成2年からは、「わんぱく相撲夕張場所」が毎年開かれている。現在の部員は7人ほどだが、市の財政悪化で土俵のある施設が閉鎖されるなど、継続がむずかしい状況に追い込まれた。しかし、「夕張相撲の歴史を守り、まちを元気づけるためにも、自分達でつづける」という頼もしい指導者のもと、相撲王国の歴史は脈々と受け継がれている。
*参考資料/北海道新聞社・夕張より
  • わんぱく相撲夕張場所 わんぱく相撲夕張場所

    (夕張青年会議所蔵)

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