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明治43年頃:千歳川流域-交通【札幌開発建設部】治水100年

石狩川流域誌 支川編

明治43年頃(明治43年~昭和34年頃) 千歳川流域 交通

  • タイトル

〈この時代の交通の状況〉

弾丸道路の工事、キャリーオールスクレーバによる作業
物資輸送路だった「石狩川命令航路」は昭和10年に廃止され、交通の主役は鉄道や道路に移った。
千歳は昭和9年、陸軍大演習のため千歳飛行場が整備され、その後は海軍航空隊の基地になった。終戦後は進駐軍の基地になり、返還されると「千歳~羽田間」の定期航空路が開設された。北海道の空の玄関のはじまりだった。昭和27年9月に着工し、翌年11月に全面開通したことなどから、「弾丸道路(現・国道 36号)」と呼ばれた北海道初の 舗装道路は、米軍の強い要請で全額防衛費でつくられたものだ。舗装で移動時間が短縮されたことから、トラックなどの車輌の運行が増加 し、「札幌・小樽方面」と「苫小牧方面」への物流輸送の効率を大きく高めた。
*参考資料/新千歳市史

最大幹線・千歳線の誕生

現在の千歳線と千歳川
北海道鉄道は、もとは「金山鉄道」「北海道鉱業鉄道」という小さな私鉄だった。大正15年頃、 北海道鉄道は「札幌線(沼ノ端~苗穂間)」を 開通させた。この路線は、北海道2大港(室蘭、小樽)を札幌を介してむす ぶ、将来性あるものだった。美々、千歳、恵庭、島松、北広島、 上野幌、大谷地、月寒、東札幌の各駅が新設され、とくに恵庭は列車が停車するたびに大騒ぎになったという。 島松駅前には市街地が形成されるなど、大きな恵みをもたらした。札幌線は昭和15年にガソリン動車が乗り入れするようになり、「苫小牧~札幌間」が一日4往復にスピードアップされた。昭和18年に日本国有鉄道(現・JR)に買収され、「千歳線」として新たに誕生、千歳空港へのアクセスという、北海道最重要路線に発展していく。
*参考資料/新千歳市史など


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