洪水と治水の歴史
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洪水と治水の歴史
石狩川流域のほぼ中央にある当地区は過去、何度も豪雨による水害、台風による河川の氾濫に悩まされてきました。中でも大正11年8月23日~24日に起きた空知川の大洪水では、地上 1.2キロメートルもの高さまで浸水し、広範囲に影響が及びました。
主な洪水と被害額
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昭和30年洪水
昭和30年7月3日の降雨は幌加内で日雨量180ミリメートルを記録し、雨竜川に大洪水を発生させ、その氾濫面積は約46,500ヘクタールであった。
昭和30年7月5日付北海道新聞を抜粋すると「見渡す限りの泥海僅かに光る鉄路屋根の上に点々と農夫たち」の見出しで「雨竜、鷹泊両ダムはいまにもはち切れそうに満水している。雨竜川の橋梁は手の施しようもなくただ減水の時をただまっているばかりだ。穀倉北空知の姿もそこにはなく、泥海がひろがっているばかりであった。」と記している。
この洪水を契機として河川改修計画を再検討し河川の改修工事の進捗が図れた。
昭和30年7月5日付北海道新聞を抜粋すると「見渡す限りの泥海僅かに光る鉄路屋根の上に点々と農夫たち」の見出しで「雨竜、鷹泊両ダムはいまにもはち切れそうに満水している。雨竜川の橋梁は手の施しようもなくただ減水の時をただまっているばかりだ。穀倉北空知の姿もそこにはなく、泥海がひろがっているばかりであった。」と記している。
この洪水を契機として河川改修計画を再検討し河川の改修工事の進捗が図れた。
昭和63年洪水
昭和63年8月25日から26日にかけて、留萌地方南部から中空知・北空知地方を中心に、雷を伴って強い雨が降りつづいた。
24日から27日の総雨量は石狩沼田425ミリメートル、多度志365ミリメートルの大雨となった。
このため、雨竜川は、北竜橋下流の右岸堤防からの溢水や支流の氾濫及び内水氾濫が発生した。大鳳川は、上流の右岸堤防、秩父別境川の上流堤防からの溢水や支流の氾濫及び内水氾濫が発生した。
氾濫面積は約6,500ヘクタール(札幌ドーム約213個分)となった。
24日から27日の総雨量は石狩沼田425ミリメートル、多度志365ミリメートルの大雨となった。
このため、雨竜川は、北竜橋下流の右岸堤防からの溢水や支流の氾濫及び内水氾濫が発生した。大鳳川は、上流の右岸堤防、秩父別境川の上流堤防からの溢水や支流の氾濫及び内水氾濫が発生した。
氾濫面積は約6,500ヘクタール(札幌ドーム約213個分)となった。
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昭和56年8月石狩川~砂川新水路付近
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昭和56年8月奈井江川上流~奈井江町
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昭和56年8月石狩川~砂川市街
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昭和28年7月石狩川~新十津川村
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昭和31年4月石狩川~新十津川町
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昭和36年7月石狩川~砂川市街
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昭和37年8月空知川~滝川市・砂川市
※以上出典:北海道開発局建設部河川計画課・北海道土木部河川課監修「水害」より
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昭和30年7月雨竜川
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昭和63年8月雨竜川