函館港全体 (過去)
函館港の概要
1793年(寛政5年) | 外国船初入港。ロシア使節ラックスマン、エカテリーナ号で箱館に入港 |
1796年(寛政8年) | 高田屋嘉兵衛、辰悦丸で松前・箱館に来航 |
1854年(嘉永7年) | 幕府、ペリーと日米和親条約を締結調印し、下田・箱館2港を開く |
1854年(嘉永7年) | アメリカ艦隊3隻箱館に入港。その6日後さらに2隻(ペリー座乗)入港 |
1854年(嘉永7年) | 幕府、日英和親条約に調印、長崎・箱館を開港 |
1854年(嘉永7年) | 幕府、下田で日露和親条約に調印、下田・箱館・長崎を開港 |
1855年(安政2年) | 箱館港を和親開港する(外国船に薪水・食料等の供給、漂流民の引渡しなど) |
1856年(安政3年) | 武田斐三郎の設計による弁天岬台場築造着手。(1863年・文久3年竣工) |
1857年(安政4年) | 続豊治、日本で最初の洋式船「箱館丸」を完成 (現在、復元船が西ふ頭入口にある) |
1858年(安政5年) | 幕府、アメリカ・オランダ・ロシア・イギリス・フランスとの 修好通商条約に調印 |
1859年(安政6年) | 通商条約により長崎・横浜と共に、わが国最初の貿易港として開港 |
1859年(安政6年) | 第一船アメリカのモーレー号入港 |
1859年(安政6年) | 函館運上所(函館税関の前身)が設置される |
1864年(文久4年) | 新島襄、福士成豊の助けにより、箱館から海外渡航に成功 (上海経由でアメリカに渡る) |
1869年(明治2年) | 蝦夷を北海道と改め、11国86群に分ける |
1869年(明治2年) | 開拓使出張所を函館に置く。このころ「箱館」を「函館」に改めたという |
1872年(明治5年) | 福士成豊、船場町自宅で気象観測始める |
1873年(明治6年) | 開拓使、函館・青森間定期航路を開設 |
1873年(明治6年) | 函館運上所を函館税関と改める |
1876年(明治9年) | 明治天皇東北・北海道巡幸。函館には7月16日入港、同日18日まで滞在し、 20日無事横浜に着く(海の日制定の由来) |
1883年(明治16年) | H.L.R.モルトルにより港湾調査が行われる |
1887年(明治20年) | C.S.メークにより港湾調査が行われる |
1890年(明治23年) | 広井勇博士による港湾調査始まる(明治27年まで) |
1896年(明治29年) | 広井勇博士の調査・設計に基づき、第一期函館区営改良工事が実施される (弁天台場を取り壊し、周囲を埋め立てる) |
1896年(明治29年) | 函館船渠株式会社設立認可(現在の函館どっく) |
1903年(明治36年) | 函館船渠株式会社工場に乾ドック完成 |
1905年(明治38年) | 日露講和条約調印(南樺太領有、露領沿岸漁業権獲得) |
1906年(明治39年) | 函館~小樽~樺太間定期航路開設 |
1907年(明治40年) | 函館港、第二種重要港湾の指定を受ける |
1907年(明治40年) | 日露漁業協約調印 |
1908年(明治41年) | 青函連絡航路に「比羅夫丸」就航(国鉄青函航路の始まり) |
1910年(明治43年) | 函館築港事務所開設 |
1924年(大正13年) | 青函航路に、新鋭「翔鳳丸」就航 |
1924年(大正13年) | 鉄道桟橋岸壁供用開始 |
1925年(大正14年) | 国鉄青函連絡船の貨車積込輸送開始 |
1935年(昭和10年) | 函館市、7月1日を開港記念日と定め、第一回港まつり(開港77年目)を 3日まで行う |
1941年(昭和16年) | 7月20日を「海の記念日」と決定する |
1944年(昭和19年) | 国鉄有川埠頭第一岸壁完成 |
1951年(昭和26年) | 函館港重要港湾に指定される |
1952年(昭和27年) | 北洋鮭鱒漁業再開(戦後最初の出漁) |
1953年(昭和28年) | 函館市が港湾管理者となる(港湾区域認可) |
1954年(昭和29年) | 北洋漁業再開記念北海道大博覧会を、函館公園及び五稜郭公園で開催 |
1954年(昭和29年) | "台風15号北海道を襲い、洞爺丸沈没、死者行方不明者合わせて1,441人、 ほかに連絡船4隻沈没、被害甚大" |
1957年(昭和32年) | 青函航路に十和田丸就航 |
1958年(昭和33年) | 函館開港百年記念祭を催し、高田屋嘉兵衛銅像除幕式等を行う |
1960年(昭和35年) | チリ地震の津波により被害受ける |
1961年(昭和36年) | いか釣り漁業、このころからトンボ羽根子から回転ローラー式にかわる |
1964年(昭和39年) | 函館・大間間に、最初のカーフェリー就航 |
1968年(昭和43年) | 十勝沖地震により、函館大学校舎倒壊・若松町浸水 |
1970年(昭和45年) | 函館ドック株式会社が、30万トンドック建設着手 |
1972年(昭和47年) | 市制施行50周年を記念し、ソ連との友好親善と経済交流の促進を目指す 「函館市民の船」が中央ふ頭からナホトカ、ハバロフスクに向けて出航 |
1977年(昭和52年) | "日ソ漁業暫定協定、モスクワで調印(ソ連200カイリ水域内で日本の 漁獲割当量455,000トン)" |
1988年(昭和63年) | 青函トンネル津軽海峡線開通。同年、青函連絡船が80年の歴史に幕を閉じる |
1988年(昭和63年) | 青函トンネル開通記念博覧会開催(7月9日~9月18日) |
1991年(平成3年) | 函館港港湾計画改訂 |
1992年(平成4年) | 開港記念館開館(旧イギリス領事館) |
1993年(平成5年) | 北海道南西沖地震により、ふ頭用地の液状化や防砂堤の沈下などの 被害が出る |
1996年(平成8年) | 7月20日が「海の日」として国民の祝日に制定される |
1997年(平成9年) | 函館湾岸大橋(ともえ大橋)開通 |
1998年(平成10年) | 観光遊覧船「ブルームーン」就航 |
1998年(平成10年) | ともえ大橋でツールド・北海道タイムトライアルが行われる |
2002年(平成14年) | 港町ふ頭岸壁(-14m)供用開始 |
2003年(平成15年) | 緑の島で、ドライブインシンポジウム&シアター開催 |
2003年(平成15年) | 函館国際水産・海洋都市構想推進協議会設立 |
2003年(平成15年) | 函館駅駅舎が、新装されました |
2003年(平成15年) | 摩周丸がリニューアルオープンしました |
2004年(平成16年) | 函館港湾建設事務所の名称が、函館港湾事務所へ変更 |
2004年(平成16年) | 台風18号により、島防波堤で総延長400mのうち、 約370mが転倒するなどの被害を受けました |
2004年(平成16年) | 函館市が、旧函館ドック跡地を買収 |
2004年(平成16年) | 島防波堤災害復旧工事着工 |
2005年(平成17年) | 第1回はこだてマリンフェスティバル2005開催 |
2005年(平成17年) | 島防波堤災害復旧工事竣工 |
2005年(平成17年) | 中国・韓国を結ぶ外貿定期コンテナ航路(南星海運)が開設 |
2006年(平成18年) | 函館国際水産・海洋都市構想国際シンポジウム開催 |
2008年(平成20年) | 函館港弁天地区ふ頭整備事業着工 |
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1793年(寛政5年)
外国船初入港。ロシア使節ラックスマン、エカテリーナ号で箱館に入港
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1796年(寛政8年)
高田屋嘉兵衛、辰悦丸で松前・箱館に来航
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1856年(安政3年)
武田斐三郎の設計による弁天岬台場築造着手。(1863年・文久3年竣工)
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1857年(安政4年)
続豊治、日本で最初の洋式船「箱館丸」を完成(現在、復元船が西ふ頭入口にある)
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1859年(安政6年)
函館運上所(函館税関の前身)が設置される
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1864年(文久4年)
新島襄、福士成豊の助けにより、箱館から海外渡航に成功(上海経由でアメリカに渡る)
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1872年(明治5年)
福士成豊、船場町自宅で気象観測始める
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1876年(明治9年)
明治天皇東北・北海道巡幸。函館には7月16日入港、同日18日まで滞在し、20日無事横浜に着く(海の日制定の由来)
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1890年(明治23年)
広井勇博士による港湾調査始まる(明治27年まで)
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1896年(明治29年)
広井勇博士の調査・設計に基づき、第一期函館区営改良工事が実施される(弁天台場を取り壊し、周囲を埋め立てる)
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1903年(明治36年)
函館船渠株式会社工場に乾ドック完成
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1908年(明治41年)
青函連絡航路に「比羅夫丸」就航(国鉄青函航路の始まり)
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1924年(大正13年)
青函航路に、新鋭「翔鳳丸」就航
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1935年(昭和10年)
函館市、7月1日を開港記念日と定め、第一回港まつり(開港77年目)を3日まで行う
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1954年(昭和29年)
"台風15号北海道を襲い、洞爺丸沈没、死者行方不明者合わせて1,441人、ほかに連絡船4隻沈没、被害甚大"
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1958年(昭和33年)
函館開港百年記念祭を催し、高田屋嘉兵衛銅像除幕式等を行う
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1960年(昭和35年)
チリ地震の津波により被害受ける
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1968年(昭和43年)
十勝沖地震により、函館大学校舎倒壊・若松町浸水
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1992年(平成4年)
開港記念館開館(旧イギリス領事館)
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1993年(平成5年)
北海道南西沖地震により、ふ頭用地の液状化や防砂堤の沈下などの被害が出る
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1997年(平成9年)
函館湾岸大橋(ともえ大橋)開通
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2002年(平成14年)
港町ふ頭岸壁(-14m)供用開始
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2003年(平成15年)
緑の島で、ドライブインシンポジウム&シアター開催
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2004年(平成16年)
台風18号により、島防波堤で総延長400mのうち、約370mが転倒するなどの被害を受けました
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2005年(平成17年)
第1回はこだてマリンフェスティバル2005開催
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2005年(平成17年)
島防波堤災害復旧工事竣工
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2005年(平成17年)
中国・韓国を結ぶ外貿定期コンテナ航路(南星海運)が開設
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2006年(平成18年)
函館国際水産・海洋都市構想国際シンポジウム開催
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2008年(平成20年)
函館港弁天地区ふ頭整備事業着工